組織が積み上げてきたものの奥に、
まだ語られていない何かが、静かに息をしている。
その「何か」が言葉を持つとき、新しい物語が動き出します。
組織には、解けない問いがある。
成果か、育成か。効率か、創造か。統制か、自律か。
どちらを選ぶべきか——その問いへの答えを早く出そうとするとき、
まだ言葉になっていない何かが、静かに押し潰される。
Oxymoronは、その矛盾を解消しようとしない。
矛盾を抱えたまま進む先に、まだ名前のない物語が立ち上がる。
そしてその物語こそが、組織に新しい知を生む源泉だと、私たちは考えています。
変化が激しいほど、組織は相反する力に押しつぶされ、新しいものを生む力を失っていきます。けれどパラドックスは、割り切れないからこそ、まだ名前のない物語が立ち上がる入り口になる。人と組織が、そこから創り続けられるように——それが、私たちの存在する理由です。
目指すのは、一人ひとりが「自分の物語」として参加できる組織・社会。相反する力を抱えたまま、そのあいだから新しい物語を生み続けられる。割り切らない生き方・働き方が、当たり前になる世界へ。
現場のビジネス課題を深く理解した上で、知が生まれ循環する「場」を設計する。人とAIをパートナーに、理論とデータに裏打ちされた問いで変容に伴走し、組織が自分で場を回せる状態まで、共に歩みます。
答えを持つ専門家でなく、同じパラドックスを抱える人間として場に立つ。
結論でなく、その場の関係性・感情・力学を一段降りて観る。
答えを渡さず、相手が自分で見つめ直せる問いを隣に置く。
Being・Viewing・Doingが、相手と私たちのあいだで同時に起きている状態。
「Oxymoron」とは、「永遠の一瞬」「明るい闇」のように、相反する二つの言葉を組み合わせる表現方法。相反するもののあいだから新しい意味が立ち上がる——その現象そのものを、社名に込めました。
変わらないのは、やり方の問題ではないかもしれない。
見方と場が往きつ戻りつすることで、まだ誰も持っていなかった知が立ち上がる——
私たちはその往還を、場のアーキテクチャと呼んでいます。
研修を積んでも、制度を整えても、
なぜ変わらないのか。
施策の問題ではないかもしれません。
"こういうものだ"という前提——
その見方そのものが、問い直されていないからかもしれない。
見方が変わるのは、技術的な解決では起きない。それは適応課題です。
一人の人が"見方"を問い直すとき、場がひらきはじめます。
そしてその場が、次の誰かの見方を変える。
——この往還が、組織を動かす起点になります。
集団向けアプローチ。問い・関係性・循環を設計し、人とAIをパートナーに、チームの「場」そのものを編む。メンバーの声が交わり、相反する力を抱えたまま新しい知が立ち上がる器をつくる。
個人向けアプローチ。マネージャーが無意識に握る「こうあるべき」に、1on1や対話を通じて光を当てる。前提がほどけると、統制だけに頼らない自分らしい関わり方が見えてくる。
経営学者・野中郁次郎は、知識を「個人の頭の中の情報」とは捉えませんでした。知識は、人と人が関係し合う共有された「場(ba)」の中で生まれる。場から切り離された瞬間、知識はただの「情報」になる——。その場には、4つの顔があります。この4つを意図的に編むことを、私たちは場のアーキテクチャと呼んでいます。
気持ち・感情・経験・メンタルモデルを、身体的に共有する場。「いまの気持ち」「いまの気づき」を場に置き、言葉にならない感覚が共感として拡がる。土壌になるのは心理的安全性。
感じていたことを、対話を通じて言葉にしていく場(外部化)。メタファー・ナラティブ・アブダクション(創造的推論)で、まだ言葉にならない何かを共有可能な形に立ち上げる。
言語化された知識を整理し、組み合わせ、体系化していく場。理論を学び、フレームワークに当てはめ、新しい構造が見えてくる。多くの「学び」のイメージはここに集中している。
学んだことを、現場で実際にやってみる場。手応えと自信の循環のなかで、形式知が少しずつ暗黙知へと染み込んでいく。「行動が続く設計」こそが、実践場のアーキテクチャ。
4つの場は、独立しているわけではありません。創発の場で生まれた感覚が対話の場で言葉になり、体系の場で構造化され、実践の場で試され、また感覚として戻ってくる。場は、絡み合いながら回転している。そしてこの循環は、放っておいても自然には揃いません。だからこそ、意図的に設計する意味がある。
研修の設計者から、組織全体に広がる場のアーキテクトへ。
AIを、作業を速くするためには使わない。
一回の対話をもっと豊かに、組織の知恵を流して消えないものにするために——
私たちはAIを「創発のパートナー」として場に組み込みます。
効率化の道具ではなく、まだ名前のついていない知が立ち上がる場の触媒として。
人とAIが協働する対話型組織開発の、新しい地平を、この現場から拓こうとしています。
これは、海外の理論を輸入するのではなく、この現場から立ち上げる実装です。
変容は、内側から立ち上がる。
信念が揺れ、自信が芽生え、スキルが身体に入り、やがて場をつくれるようになる。
そのプロセスを、私たちは一緒にデザインします。
「メンバーは成長できる」という、忙しさに埋もれていた本来の信念を、対話で再発見する。
小さな試行→メンバーの反応→「やれそう」という手応え(自己効力感)の循環。態度が行動を動かす構造を、現場で起こす。実証研究でも統計的に確かな効果が確認されています。
問いかけ・傾聴・視点提示が、自然に出るようになる。
自分のチームに「成長を支援する場」を設計できる感覚が育つ。
何を話すかより、どう関わるか。場の質が変わると、内容の質が変わる。
経験に閉じ込められていた知恵が、対話を通じて場に立ち上がる。
そして、"させられる研修"から"自分事の対話"へ——参加のあり方が変わります。
私たちが渡すのは知識ではなく、新しい知が生まれる過程そのものです。
場で起きていることには、二つの層がある。
テーブルの上で語られる内容(コンテンツ)と、
その場に渦巻く関係性や空気(プロセス)。
変わらないのは、コンテンツだけを設計して
プロセスを手放しにしているからかもしれない。
私たちは、この二つを一緒に設計します——
4つのソリューションで伴走しながら。
入口は、一人のマネージャーの適応課題から。
最もレバレッジが効き、最も遠くまで届くからです。
個人 / 4〜6週間
"こういうものだ"という前提を問い直す、個別の対話の場。見方が変わると、行動が変わる。その起点をつくります。
個人→横のつながり
一人では気づけないことが、同じ経験を持つ者同士の対話で像を結ぶ。孤独な管理職を、横につなぐ場です。
チーム
個人の変容を、チームの変容へとつなぐ。関係性のプロセスごと設計することで、場の空気が変わります。
組織
4つの場を組織全体で回し続ける仕組みをつくる。AIを"創発"のパートナーとして組み込みながら、クライアントが自分で場を回せる状態を目指します。
野中郁次郎のSECI理論、Heifetzの適応課題、Mezirowの変容的学習、Argyrisのダブルループ学習、Scheinのプロセスコンサルテーション——これらを実践の土台に。「理論を借りている」のではなく、「理論を使って編んでいる」アカデミック・プラクティショナーの立ち位置です。
マネージャーの"見方"が変わることを、データでも確かめています。成長支援への自己効力感(d=1.15)、視点変容(d=1.24)——いずれも大きな変化が、介入前後の比較で確認されています。「証明した」ではなく、「実証的な手応えをデータで確かめた」という誠実な立ち位置です。
AIを効率化ツールとして使わず、「創発のパートナー」として場に組み込む実践者です。対話型組織開発にAIを織り込んだ実践経験は、国内でもまだ稀少な領域です。
"何を学ぶか(コンテンツ)"だけでなく、"その場でどう関わるか(プロセス)"まで設計します。Scheinのプロセスコンサルテーションを基盤に、内容と関係性の両輪を回します。
1on1(個人)→リフレクションの場(横のつながり)→チームコーチング(チーム)→組織規模の場づくり(組織)——個人の変容が場の変容につながる設計を、一貫した理論で裏付けています。
まだ言葉になっていない「モヤモヤ」や「まだ名前のない物語」を、対話を通じて言葉にすることを得意としています。論文・テキスト・ナラティブ、複数の文体を行き来しながら、組織の固有の物語を引き出します。
制度も研修も整えた。それでも、現場から新しいものが生まれにくくなっていないでしょうか。AIが効率化を進めるほど、決まったことは速くなる。けれど、まだ名前のない何かが立ち上がる創発は、むしろこれから難しくなっていくのかもしれません。いま組織に本当に必要なのは、新しい知を生み出し続ける力——知識創造ではないでしょうか。
自分自身、行き詰まった物語が、人との対話のなかで何度も書き換えられてきました。「ないものを埋める」から「あるものを生かす」へ。矛盾は、抱えたまま進んでいい——そう思えたとき、世界の見え方が変わりました。
組織の難題の多くは、スキル不足ではなく、人の前提や関係性が問われる「適応課題」です。だからOxymoronは、答えを渡すのではなく、問いを一緒に立て、新しい知が生まれる「場」を設計し、変容に伴走します。
創発が難しくなる時代だからこそ、それを信じる者として、あなたの隣にいたい。一人ひとりが「自分の物語」として参加し、矛盾のあいだから、まだ名前のない物語が立ち上がる——その瞬間に、ともにありたいと思っています。